育毛実践の記録☆薄毛対策30年をふりかえる

髪の毛を生やしたい理由は「自己重要感」と「見返してやる気持ち」

人生における蜜の味の一つは「復讐が成し遂げられること」なのですね。

昔読んだ、梶原一騎の劇画「紅の挑戦者」にそういう言葉がありました。

俺は復讐したいから、育毛に努力してきた部分もあるな。

そう感じています。

昔、自分の薄毛化をからかった人の前で、髪の毛をかき上げる時の快楽は、めまいがしそうなくらいです。

「ざまぁ、みろ」

声には出しませんが。

俺って、そういう執念深いところがあったのかねぇ・・・・・・。

自分の知らない自分を確認。

さて、

今回はありのまま、なぜ、育毛に努力したのかをお話ししましょうか。


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今まで、長い間、育毛に努力してきました。

昔もそうでしたが、今でも時々思うことがあります。

それは、

「自分は髪の毛を増やすことに必死になってきたが、なぜ、そんなにハゲたくないのか?」

と言う部分です。

私は性格的には「あっさり」しており、あまりこだわりなどない性格だと自己判断しています。


それなのに、

「ハゲだけは絶対にいや」

なのです。

この気持ちはどこから来るのか?

一番大きな要因は「自己重要感」だと思うのです。

昭和56年に額からハゲ上がってきた頃には、よくからかわれたものです。

「おい。また一段とハゲ上がってきたぞ・・・。ひゃひゃひゃ」

などとからかわれる。


これでは自己重要感が持てません。


「おれって、みじめでカッコ悪い存在なのか・・・・?」

という気持ちです。


アンデルセンの童話「醜いアヒルの子」の気持ちがよくわかる。






「お前は、醜いアヒルだよ!!」

と周りからの評価を受け続けると、なかなか自己重要感が持てません。


人間で一番大事なのは「自分は素晴らしい人間なのだ」という気持ちです。

デール・カーネギーの名著「人を動かす」での一番大事な部分、それは、


「人間とは自分が重要だという気持ちを渇望する存在である」

という一文です。

ここに集約される。

「願う」ではなく「渇望する」とカーネギーが表現したように、


人間とは「自分が素晴らしいとみんなに認められ、称賛されたい」わけです。

それなのに、・・・・・・。


髪の毛が少なくなったというだけで「称賛」ではなく「からかい」を受ける。


これはつらい。

これは、つらいのです。

で、醜いアヒルの子の話です。

「お前はブサイクだ!!」

「可愛くないねぇ」

「だめなアヒルだよ」

「この、ハゲが!!」・・(これは違うか。)

などと言われ続けて、すっかり自信がなくなった。


しかし踏ん張って生き続けていると、いつの間にか白鳥に成長していた。

まわりから

「まあ、なんてキレイな白鳥でしょう!!」

「うわぁ!イケテル鳥だわ!!」

という評価に変わる。

見た目が変わると評価は一変する。


薄毛やハゲも同じですよ。

「あのハゲが・・・・」

などと陰で悪口を言われていても、生えるともう何も悪口を言われる心配はない。

鏡の中の自分を認めることができる。

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自分の姿を愛することができる。

180度の人生転換。

髪が生えさえすればいいのです。

髪が生えさえすればいいのです。

自己重要感が維持できます。

自分を愛し、「自分はイケテいるぜ!!」

と思う人生が大事なのです。

だから髪の毛を生やす努力は尊いのです。


右矢印1 この方法で髪の毛が生える



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追伸 ・・・ リアルな後日談

醜いアヒルの子は、自分が美しい白鳥になったことを理解したときに、悩みはなくなりました。

白鳥たちの群れから招き入れられるシーンがあり、ハッピーエンドで童話は終わります。



でも、おそらくこの話には後日談があるはずなのです。

美しい白鳥となった「醜いアヒルの子」は、昔のアヒルたちの前にひんぱんに姿を見せるようになるのです。

「ああ、アヒルさんたち、昔は何かとお世話になりましたねぇ」

白鳥になった彼の前で、からかえなくなり居づらくなるアヒルたち。

昔から買った彼を見て、こそこそと姿をくらますアヒルたちもいるのです。

醜いアヒルの子は、心の優しい性格です。

でも、ときどき昔の屈辱も思い出すようでした。また、自分でも気づかないくらいですが、少し執念深いところがあるようです。

昔、自分をからかい、いじめたアヒルグループに顔を見せるために、わざわざアヒル池の近くまで遊びに行くのです。

そして、誰にも聞かれないように、つぶやく。

「もうからかえないだろう?ざまぁ、みろ・・・・」