薄毛進行のターボエンジン始動 - 育毛実践の記録☆薄毛対策30年をふりかえる

薄毛進行のターボエンジン始動

薄毛化が進み始めた頃、心理的につらいものがありました。


まわりの人たちからの「からかい」に耐えなくてはならないからです。


そのころ私が受けた「からかい」のことは、このブログに書きました。


ブログ1;他人がハゲていくのがうれしくてたまらない人々


ブログ2.薄毛、ハゲをからかう悪意から身を守る法



忘れられない、私の育毛生活を続ける心理的なモチベーションともなったできごとです。


育毛の原点なのです。



さて、薄毛が進行すると、


女性とのデートのときにも、


「髪型は決まっているのか?」


と心配です。


ハゲ始めた頃の心理的な動揺は、私の人生においてもっとも苦しい時期の一つです。



でも、それは、まだ「始まり」にすぎなかったのですよ。


ある時期に、一気に薄毛化が進行を始めました。



昭和56年。


薄毛化の進行はターボエンジンがかかったように早まりました。


私の印象的には、10日間くらいでサーッと額が後退したように感じます。


とにかく、


「早い」


スピード。


あれよあれよ、という間にハゲていきます。


原因は、もう、わかっています。


心理的なストレスとともに、ハゲ遺伝子が活発化したのです。

ストレスが引き起こすハゲだったのでしょう。


そのころ、仕事が忙しく、新しい仕事も命じられました。


当時は会社にもパソコンなどはなかったです。



テレックスと呼ばれる通信機器を私が扱うようになったのです。



キーボードを打っていく仕事ですが、間違うと大変な事態になります。



そのため心は落ち着かず、昼の食事のときも「おえ〜」という軽い吐き気がするくらいでした。


新しい仕事を命じられてしばらくすると、仕事中、頭皮がカユイ状態になりました。



「か、かゆい、頭に熱を持っているようだ・・・・」

カユイのですよ、頭皮が。


その後、育毛の情報を学び、研究する中で、その当時のことがわかりました。


「頭皮の酸欠状態による炎症」


だったのですね。


頭皮の炎症で、毛根が焼き尽くされたのでしょう。




急速に髪が細く、少なくなったのですよ。



「これは、非常にヤバイ状態だぞ・・・・・」

「なんとか、せねばならん」




とりあえず、頭皮がかゆいので、

「これは、血行が悪くなっているからカユイのだ」

と判断しました。


よく、正しい理由をつかんだと思いますね。


神様が守ってくれたのですね。


頭皮のカユサをおさえるため、


人のいないところで、頭を手のひらで


パーン、パーン

と叩きました。


トイレとか、倉庫の中で。


そのことで、急速な薄毛化の進行は緩やかになりました。


でも、あきらかに薄毛となり、


「ああ、もう、オレはハゲという状態になったのか、まだ、20代半ばなのにぃ〜」


会社の先輩たちからは、ますます露骨なからかいの声を掛けられます。


また、大学時代の友人たちからも、


「あれ、その頭・・・・・、苦労してるようだな・・・・」


と笑われたり、同情をされたり。


その後、漢方育毛法に出会うまでは、希望の見えない状況でした。


昭和56年の薄毛化の始まりと、頭皮の炎症による急速なハゲ進行は、育毛生活30年の中でも、もっとも記憶に残っています。


昭和56年。


私にとっては、特別な年ですよ、ホント。


その後、高橋由美子先生の「みるみる髪が生えてくる」とう本に出会い、とにかく実践しました。


漢方育毛療法を実践するうちに、遺伝性のハゲでも治療できることがわかりましたし、健康面でもよくなったのです。


ただし、その後も、育毛生活は続きます。


昭和56年に続き、


昭和59年、


平成元年、


平成16年、


など、薄毛化との戦いがあったのです



漢方育毛法で髪は生えますが、



「薄毛遺伝子は消えたわけではなく体内に存在している」


ことを男性型脱毛症の人は忘れてはなりません。


なにかのキッカケで、薄毛遺伝子は活発化し始めるからです。


薄毛体質の人は、ずっと育毛を実践し続けなくてはならないのです。


髪の毛を維持したければ、そうするしかないのです。

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